取り組み概要背景・高い専門性を持つ研究者が多く、長年同じ部門に所属するケースも多いため、キャリアの選択肢が限定されやすい状況にあった。・全社でのキャリア面談の流れもあり、研究者が自身のキャリアを描けるツールの必要性が高まっていた。取り組み・自部門に閉じず、“社外でも通用する経験を育む”ためのツールとしてキャリアマップを作成。・小さく始め、現場のフィードバックをもとに“社員みんなで育てる”スタイルでブラッシュアップを重ねていった。結果とこれから・キャリアマップが部門内の“共通言語”として根づき始め、日常会話や面談でも自然と活用されるようになってきた。・今後は部全体での活用・浸透により、多世代が互いのキャリアを語り合える対話の土壌づくりを期待。目次背景・課題感専門性の深さゆえに限定されがちなキャリアの可能性----本日は部門独自のキャリアマップを通じて、上司・部下のキャリア対話の促進に取り組まれているヤマハさんのお話を伺います。まずは、研究開発統括部について、その役割や人材について教えていただけますか?杉浦様:私たちの部門は、ヤマハのコーポレートR&Dを担う部門です。全社の開発領域の中でも先行開発として、3年後、5年後、10年後の未来を見据えた技術や価値創出のための探索活動に取り組んでいます。AIや情報処理、素材、メカ、電気など幅広い技術領域をカバーし、それぞれの領域が連携できるような体制を整えています。部門の規模は約130名で、うち研究者が約90名、残りがマネジメントや企画などを担うスタッフです。7割程度の社員が入社以来ずっとこの部門に所属しており、専門性を深める一方で、キャリアが限定されがちになることが課題と感じていました。----部門の雰囲気や特徴について教えてください。杉浦様:「チャレンジを歓迎する風土」が大きな特徴です。業務時間の10%を使って自由に研究・活動できる「SPC(サンドピットクラブ)」制度があり、南部鉄器でスピーカーを作ったり、犬の鳴き声を解析して会話に挑戦したりするなど、遊び心のある試みも生まれています。10年以上続くこの制度は、アイデア創発の源として根づいています。----面白いですね。部門の役割にも相通じる、チャレンジ文化を感じます。そんな部門で社員のキャリア形成支援に取り組まれた背景について教えてください。杉浦様:全社的に「働く仲間の活力最大化」という人材戦略が示され、部門としても「多様な人材が切磋琢磨し、各々が最大限の能力を発揮して常に新しい価値を生み出す」職場を目指すことを掲げました。その実現のために、「高度専門人材」「イノベーション人材」「企画・経営人材」という3つの人材像を定義し、育成と環境整備に取り組んできました。----育成と環境づくりにおいて、どのような課題を感じていたのでしょうか?杉浦様:まず多様化に向けた人材の「獲得」が課題でした。たとえば、女性研究者は4~5名、外国籍の研究者は2名と非常に限られており、今後10年でそれぞれ20%、10%を目指す方針を立てました。次に「育成」。多くの研究者が長年同じ領域で研究を続けており、とくに情報処理系などでは、日々PCの前で業務が完結してしまうことも。「高度専門人材」の育成はできても、「イノベーション人材」「企画・経営人材」の育成においては、視野を広げる機会が不足していると感じていました。異業種交流や社内・社外の「留職」などを通じて、別の道を知る機会が必要でした。最後に「環境」。外国籍人材が増えても社内イントラが全部日本語だったり、女性が増えてもライフステージ支援が足りなかったり、環境が十分とは言えない状態でした。多様な人材が活躍できる職場環境づくりも重要な課題でした。----人材獲得、育成、環境づくりと非常に広範囲なテーマですね。具体的施策として部門独自のキャリアマップ作成に至ったのはなぜでしょうか?杉浦様:ちょうど全社で人事のキャリア面談が始まり、「自律的キャリア支援」がテーマになっていました。ただ、既存の面談ツールでは、研究者が自身のキャリアを具体的に描くのが難しいという声もありました。そこで、部門で期待される役割やそれに必要なスキル、経験を可視化し、キャリアを考える「道しるべ」となるツールが必要だと考え、キャリアマップの構築を進めました。キャリアマップ作成社員が使って育てるキャリアマップ。試行と対話で磨く----NOKIOOでは2023年からキャリアマップ作成の支援をさせていただいています。当初、キャリアマップの作成を社外にご依頼いただいた背景には、どんな理由があったのでしょうか?藤原様:部門内だけで閉じたツールをつくると、どうしても独自性が強くなり、部門外では通用しないものになる懸念がありました。ずっと部門内でキャリアを形成していくとは限りません。このツールを活用した対話が、部門内でのキャリア形成にとどまらず、部門外や社外でのキャリア形成にもつながるようなものになってほしいと考えていました。より普遍性のあるものにするためには、外部の知見が必要不可欠だと考え、人材育成・組織開発の実績が豊富なNOKIOOさんにご相談しました。----ありがとうございます。実際のプロセスでは、社員の方々にヒアリングを実施し、その内容をもとに要素を抽出、キャリアマップに落とし込んでいきました。ヒアリングやマップの設計段階で印象的だったことはありますか?藤原様:当初は、もっと細かい分類になるかと思っていました。でも、実際に話を聞いてみると、技術領域が異なっても共通する考え方や役割が多く、4つの分類に整理できました。意外でしたが、結果的にちょうどよい粒度にまとまったと感じています。----最初のキャリアマップは4つの分類とそれぞれの定義でしたが、社員の方々の反応はいかがでしたか?藤原様:実際に2023年のキャリア面談で使ってもらったところ、「抽象度としてもちょうどよく、『自分は今ここにいる』『この方向を目指す』と対話しやすかった」というお声をいただきました。時に、指さしで通じ合えるのも良かったようです。さらに、当初意識した通り、他部署や他社の方が見ても「これは自分たちにも応用できる」と思える構造になったのが良かったなと思っています。----御社の取り組みの特徴として、“まずやってみる”というスタンスが印象的です。杉浦様:そうですね。私たちの部門は人事部門ではなく、現場のR&D部門なので、失敗しても許される風土があるというか、まずは小さく試してみて、そこから育てていくというやり方が合っています。キャリアマップも最初から完成形を目指すのではなく、まずはできるところまでやってみて、そこから改善していくという進め方で取り組みました。また、私たち研究開発部門のメンバーはフィードバックがとても的確で、良いものは良い、そうでないものはちゃんと指摘してくれます。そのおかげで、少しずつキャリアマップが洗練されていきました。このフィードバックの文化は、意外と他では当たり前ではなく、うちの強みだと気づきました。藤原様:“ミニマムで始めて育てる”という姿勢は、杉浦のリードもあってとても良い形で定着しました。社員が主役で、自分のキャリアを自分の言葉で語れるようになるためのツールをみんなで作っていく。その共通認識があったからこそ、みんなで話し合い、みんなが自然と使って定着していくマップになったと思います。----まさに「使って育てる」「周囲を巻き込む」キャリアマップとして、チャレンジ文化のある貴部門らしい進め方が浸透していったのですね。現場での活用部門内の“共通言語”として浸透し始めたキャリアマップ ----キャリアマップを導入されて2年目。現場での変化や、対話が生まれている場面があれば教えてください。藤原様:はい。抽象度の高い4つの分類に加え、どんな経験や行動が求められるかという具体的な観点も取り入れた改定を経て、キャリア面談に活用いただいています。最近では、キャリアの話題が雑談レベルでも自然に出るようになってきた印象があります。「今回の業務って(キャリアマップの)2の領域につながるよね」のように、1や2という分類を日常会話で使えるようになってきました。共通の言語ができたことで、意思疎通がとてもスムーズになったと感じています。----「これって2にあたるよね」など、“共通言語”で会話ができることは、ゴールとして理想的な状態だと思います。藤原様:キャリアマップの4分類の粒度もちょうどよく、技術領域が異なるグループ同士でも言葉が通じるようになってきました。今、グループを横断してクロス1on1を行おうという取り組みがあるのですが、そんな場面でも“共通言語”として機能しているのはとても大きいです。----御社では昨年、組織変更により、従来の専門軸で構成していた組織から、より横断的な体制が変わったとお聞きしました。今まさに現場での浸透が始まり、組織とのつながりが築かれている段階なんですね。杉浦様:そうですね。今はまだ社員たちは組織変更で「やりにくいな」という気持ちが少なからずあるかもしれません。しかし、そんな時にこのキャリアマップがしっかりと腹落ちされていくことで、自分がどの軸で動いているのかを理解しやすくなり、新しい体制への順応もスムーズになるのではと期待しています。今後への期待より広く、より深く、1人ひとりがキャリアを語れる組織へ----新たな体制がより機能していく上で、次に見据えているテーマなどがあれば教えてください。杉浦様:あくまで私個人の考えですが、キャリアマップというのは「完璧を目指すもの」ではなく、社員が自律的にキャリアを考えるきっかけになるものであれば十分だと思っています。マップの完成度を高めることよりも、むしろ「どれだけ多くの人が活用できるか」という広がりのほうが大切だと考えています。現状は30代を中心に活用が進んでいる状況ですが、今後はもっと幅広い層、特にベテラン層にも活用を広げていきたいですね。40代から50代の社員のキャリアも組織にとっては非常に重要な要素であり、多様性の一部として捉えています。藤原様:私も同じく、「活用の広がり」と「ベテラン層への展開」という2つのポイントが課題だと感じています。今はまだ一部の若手・中堅社員が中心なので、もっと多くの人に届くようにしていきたいですね。特にベテラン層の働き方や役割が見えないことは、若手層のキャリアの不安にもつながりかねません。「忙しそう」「ああはなりたくない」ではなく、「こうなりたい」と思えるようにするには、ベテランが何をしているか、そのためにどんな準備が必要かを見える化していく必要がある。その点でも、キャリアマップが果たせる役割は大きいと思います。----今後、キャリアマップが単なる面談ツールにとどまらず、貴部門の中で多世代間のキャリア対話を支える“共通言語”として育っていくことを期待しています。本日はありがとうございました。